世田谷一家殺害事件⑧ インターネットでわかったこと・できたこと(技術評論社)
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インターネットでわかったこと・できたこと
世田谷一家殺害事件被害者の“宮澤みきおさん”が共著者の本。『インターネットで広報宣伝』というタイトルで書く。
“技術評論社”から1996年に出版された本。
出版された1996年の日本のインターネット普及率3.3%。
本の巻末に≪本書の複写複製について視覚障害者のための非営利の目的で本書を点訳、朗読、拡大複写することを認めます。上記以外の目的で複写複製(コピー)することは、著作者、出版社の権利侵害となります≫と注意書きを書く。
≪出版の最初の呼びかけから執筆要領の確認、原稿の収集、編集作業まで、すべてインターネットを通して情報をやり取りしました。原稿募集が1995年9月で、出版予定は12月、3ヶ月しかありませんでした。したがって、インターネットと電子メールという手段を利用しなければ、各地に散らばる大勢の執筆者によって、このような短い期間で本書を出版することはほとんど不可能だったでしょう≫と書く。
共著者33人検索してもほとんどの人が何も出てこない。一般人っぽい。
共著者がネット繋がりっぽい?。高校生もいる。
“インターネット利用研究会”編著。
片岡巌
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)の発行者。技術評論社代表取締役社長(本発行当時も現在も)。
『独龍江で学校を待つ子供たち』出す(技術評論社。日本雲南聯誼(れんぎ)協会理事長の“初鹿野恵蘭”との共著)。“NPO法人日本雲南聯誼(れんぎ)協会”として、中国雲南省貧困少数民族地域“独龍江”に学校を建設する為の視察しに行った本。他、日本からの支援品を届ける為に現地へと赴く。“独龍江”はキリスト教地域。宣教師が貧困地域にキリスト教を布教させた。宣教師を除いて外国人が来るのは珍しい。
“NPO法人日本雲南聯誼(れんぎ)協会”は、中国雲南省の貧しい地域に暮らす少数民族の子どもたちや女性のために、学校建設をはじめとした教育支援を行っている団体。“雲南省”はキリスト教信者が多い地域。会員やボランティアが運営。2000年設立。
安保尚子
NPO法人日本雲南聯誼(れんぎ)協会の顧問。
上海日本人学校高等部初代校長。
佐伯義博
NPO法人日本雲南聯誼(れんぎ)協会の監事。
在宅看護センター彩り常務理事。
佐藤正視
NPO法人日本雲南聯誼(れんぎ)協会の顧問。
社会福祉法人さくら福祉会理事長。
NPO法人日本雲南聯誼(れんぎ)協会
“片岡巌”が『NPO法人日本雲南聯誼(れんぎ)協会』の顧問やる。
中国雲南省の貧しい地域に暮らす少数民族の子どもたちや女性のために、学校建設をはじめとした教育支援を行っている団体。
“雲南省”はキリスト教信者の地域。
中国雲南省少数民族地域を支援する日本で唯一の国際協力団体。
会員やボランティアが運営。2000年設立。
2001年のNPO法人格取得以来、雲南省で“教育”“文化”“健康”の3つの分野で日中友好相互発展、そして雲南少数民族の自立のために活動している。
雲南省少数民族地域で小学校校舎、教育施設の建設支援事業『50の小学校プロジェクト』を実施。これまでに20校が開校を迎え、現在、支援第23校目までを建設中。
貧困家庭出身の少数民族女子を対象とした就学支援事業『25の小さな夢基金』を実施。現在、昆明女子中学に通う少数民族女子生徒約100名の生活支援および交流活動やる。
JICA草の根技術協力事業『100万回の手洗いプロジェクト』を2009年より実施。学校建設地域全体の衛生概念の向上を目指し、学校内トイレの改修工事や、教員への研修、手洗いキャンペーンなどを行う。
雲南省で日本語を学ぶ若者を支援する『アジア未来への人材プロジェクト』を実施。未来の日中の架け橋育成を目指す。
少数民族文化や教育事情を日本へ紹介する。
日本の出版社と協力し、雲南省ナシ族の文字“トンパ文字”の書籍や、山岳地域での教育事情についての書籍を出版。雲南省の情報を日本に紹介している。
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者“もりみつじゅんじ”が作った“インターネット利用研究会”のホームページ(1997年のアーカイブが残ってる【世田谷事件前】)
もりみつじゅんじ
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者。
多摩インターネット利用者。
国際ボランティア団体“earthian(アーシアン)”メンバー?“earthian(アーシアン)”はJCA関連団体。1993年に任意団体として設立。
長尾正
『インターネットでわかったことできたこと』(技術評論社)共著者。
宮澤みきおさんにインターネットのやり方を教える。
1989年から電子メール始めた。パソコン通信のメールアドレス“people.or.jp”を使う。
1994年からインターネット始めた。
1995年にはニューヨークにある“digiweb”というレンタルサーバー会社に申し込んで独自ドメイン“nagao.com”で『touch japan』という名前の日本を紹介するホームページを始めた。神奈川県藤沢市にある『慶応大学の湘南キャンパス(SFC)』のサーバーのゲストブックを手本として、ゲストブックを作った。日本の選挙に関するページある。オランダページある。
この当時はレンタルサーバー会社は日本にもたくさんあったが、独自ドメインを提供する会社は一般的ではなかったし、価格も安くはなかった。現在は“GMOインターネット株式会社”が運営する『 お名前.com(ドットコム) 』が国内シェアトップのドメイン取得サービスで、ドメイン名のシステムの管理や運営を行う“ICANN(アイキャン)”という組織から、日本法人として初めて公認を受けた。
“ヤーロム”というアメリカでは有名な精神科医をアイコンにする。
“磯谷商店”運営する。親から譲り受ける。姉と経営する。
ギャラリー運営する。磯谷商店で運営する。
“いそがやアートCV”を磯谷商店で運営する。アートサービスやる。
『Learn&share(シェア)』をモットーにした、パソコン通信peopleの“nettalk”というパーティーを主催した。
1996年から、プレゼンスプロバイダの仕事をはじめて、2001年2月に独立。親から譲り受けた『有限会社磯谷商店IT事業部』という形で動く。
『NPO法人アート・インタラクティヴ東京』が2005年6月~2008年5月30日まで、磯谷商店の事務局担当。美術コレクターを支援するNPO。
『NPO法人数理の翼』の会員。科学団体。科学に関する調査研究・教育・諸外国支援および国際協力・資料の編纂および刊行やる。
参加した『リディラバ(ridilover)の貧困ツアー』でホームレスへの炊き出し、パトロールに参加する。
ツイッターアカウント名の“zanjibar”が、アフリカのタンザニアに属する貧困島“zanzibar(ザンジバル)”に似る。キリスト教信者が多い国。
It's a beautiful day社員。パソコン、統計まわりの仕事やる。ホームページ作成やる。イベントやる。
姉がフランス行く。
神奈川県藤沢市在住。埼玉県所沢市小手指町に住んでた。
浜田忠久
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者
立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科非常勤講師。キリスト教系大学。
ホームページのリンクに“環境アセスメント”ある。“環境関係”がいっぱいある。宮澤みきおさんのパソコンのお気に入りに“環境アセスメント”ある(犯人が犯行時見た)。
ホームページのリンクに“自閉症児”あり。宮澤みきおさんの子ども“宮澤礼君”は自閉症児。
ホームページのリンクに“障害者”“障害者支援団体”“福祉団体”がいっぱいある。“自閉症”や“障害児”についてもある。
ボランティアに関するイベント“ボラフェス分科会”やる。『障害のある子ども』『視覚障害者』『多様』『厳罰化ではなく「寛容な社会」へ すべての人間は人間である』『災害時要援護者とつながりづくり~都会における災害時要援護者を支えるために~』などのテーマを扱う。
全盲の知り合いがいる。“視覚障害者美術鑑賞の取り組み”のTV番組を観る。
ホームページのリンクに“在日韓国人”“在日外国人”“いじめ”“不登校”“LGBT”“リサイクル”“太陽光発電”“サステイナブル(持続可能性の高い)”がある。
“日本キリスト教海外医療協力会”がホームページのリンクにある。
ホームページのリンクに“ボランティアとNGO/NPOのページ ”がある。
NPO法人JCAFE《旧:JCA》(市民コンピュータコミュニケーション研究会)代表理事。
NPO法人日本ボランティアコーディネーター(JVCA)協会理事。
広島でやるイベント『8・6ヒロシマ平和へのつどい』で講師としてインターネット講座やる。他の講師に“豊永恵三郎(韓国の原爆被害者を救援する市民の会)”“川原洋子(強制連行された中国人被爆者との交流をすすめる会)”などがいる。広島YMCA(キリスト教系施設)が集合場所。 反原発活動やる。1997年8月6日。
インターネットで国際平和の市民活動する。
“ネットワークと福祉・NPO分科会”に出る。
1984年から電子メールやる。1988年からインターネットやる。
“NGOセーブ・ザ・チルドレン・ジャパン”がホームページのリンクにある。貧困・飢餓など社会矛盾の影響を一番受けやすい子どもを支援する団体。
ホームページのリンクに
『演劇』
『科学・技術』
『多文化共生センター 在日外国人を支援するために多言語での情報提供や生活相談を行うNGO』
『日本に住む(予定の)外国人の方のための公的手続き方法など生活情報案内』
『東京在住の外国人のために情報を提供』
『在日外国人に日常生活に関する情報提供、サポート活動、カウンセリングなどを行う』『日本語を母語としない人(ノン・ネーティブ)が共通言語の日本語を使って日本社会へ向け発信する企画』
『教育・オンライン大学・子ども』
『アイウエオサークル ネパールに学校を作り、奨学金を送る活動する団体』
『CHARITY ANONYMOUS (CA) ネパールに学校を作るための技能・知識・献金等の活動する団体』
『日本ネパール教育協力会 ネパールの教育向上のために現金だけでなく古切手や書き損じ葉書などを募る団体』
『シャプラニール バングラデシュ・ネパール・日本で貧困支援活動やる、国際ボランティア団体』
『ネパリ・バザーロ(ネパールの女性の自立と、子どもの育成支援の会) アジア諸国のハンディクラフト製品のフェア・トレードを通じて、貧困の課題改善に取組む団体』
『ダルニー奨学金(日本民際交流センター) タイ最貧の東北地方の子らを中学校に進学させる奨学金を募る団体』
『CAN HELP THAILAND タイの子供たちに、学校給食と奨学の資金を提供を目指す団体』『ICAN(アジア日本相互交流センター) フィリピンのスラム街の子供たちの教育に資金援助をしている団体』
『フィリピン支援のNGO』
『南部アフリカの教育を支える会』
『アフリカ支援』
『ペシャワール会 中村哲医師のパキスタンでの医療活動を支援する目的で結成された国際NGO(NPO)団体』
『日本ユネスコ協会連盟 世界の多くの人達が学校に行けるよう支援を募る団体』
『国境なき医師団』
『ボランティアネットワーク広島』
『エンゼルネットワーク 広島に子供病院を作ろうの会』
『ひろしまくさのね』
『We Love Hanshin! 大震災復興ミニストーリー イエス・キリストの愛によって阪神地区を愛し、地域の完全復興を目指して 奉仕する阪神地区キリスト教会の団体』
『国際コミュニオン学会代表、聖心女子大学(キリスト教系大学)の鈴木秀子先生』
『日本国際飢餓対策機構』
『世界食糧計画』
『日本フォスタープラン協会 途上国の子どもたちと文通しながら開発援助に協力する顔の見える交流を目指す団体』
『平和』
『反原発』
『医療・福祉』
『青年海外協力隊』
『先住民問題』
『国連』
『国際協力カフェフェスティバル』
『アート』
『朝日新聞』
がある。
“多様性”と『インターネットでわかったこと・できたこと』の最後に書く。
東京都品川区東中延2-7-9。
NPO法人JCAFE《旧:JCA》(市民コンピュータコミュニケーション研究会)
1991年の湾岸戦争以降、世界十数カ国にわたるNGOのコンピュータ通信ネットワークである“APC”の日本での拠点を求める声が高まり、1993年4月に“JCA”が発足した。
1997年4月にはこれまでの活動成果をもとに、多数のNPO、NGO、市民団体と共同で“JCA-NET”を設立する。
1999年に活動内容をより反映させた英語名称にするため、“JCA”から“JCAFE”に改称した。
“市民運動にインターネットを生かすためのさまざまな活動の提案・実行”やる。
“留学生のためのホームページ教室”やる。
“ボランティア情報のwebサイト“ViVa!”を制作・運営”やる。
“全国地球温暖化防止活動推進センターの情報基盤整備活動”やる。
IYVJ(2001年ボランティア国際年推進協議会のWeb Page作成に無償協力する。
『JCAFEセミナー第5回アメリカ西海岸NPO視察報告会』やる。2001年2月2日。≪アメリカでのコンピューターを使ったNPO支援活動はどうなっているのでしょうか。その中でも、最先端といってもよサンフランシスコ・シアトルに拠点を構えて活動するNPOを今回一週間かけて視察してきました≫と書く。
NGO団体APC(進歩的コミュニケーション協会)
“浜田忠久”がメンバー。
国際電子ネットワーク組織。『平和、戦争の防止、軍国主義の排除、社会的経済的正義の擁護、貧困の除去、持続可能で公平な発展、直接参加民主主義の進歩、そして非暴力による解決などの目的に向かって活動する人々に貢献すること』を目的とした、世界で唯一の国際電子ネットワーク組織。
発展途上国からの情報発信への協力に力を入れている。
16ヶ国(95年末現在、22ヶ国)にあるAPCノードの一つに加入すれば、世界中の人々や市民運動団体と語りあい、計画を交わし、学びあい、ともに活動することができる。たとえば、電子会議に参加し、運動団体を網羅したリスト、軍事企業、環境破壊を行なう企業についての膨大なデータベースにアクセスできる。イベント日程情報をリアルタイムで読み取り、その日程表に自分たちのグループの予定を書き込んで公表することもできる。また、電子メールにより、立法運動、手紙やFAXによるキャンペーン、抗議行動、集会のための緊急アピールを発信し、また受け取ることができる。
“浜田忠久”が≪91年1月、湾岸戦争が開始され、日本でも急きょ様々なNGO、市民団体が結集し、イラク、クウェートをはじめとするペルシャ湾岸のすべてのいのちを守るための市民ネットワークが組織されました。私もこの理不尽な戦争を一刻も早くやめさせたいという思いにかられ、このネットワークに個人としてかかわりました。この活動の中で2月のある日、事務局会議に飛び入り参加したカナダ人リン・ラザフォードさんから、NGOの国際的なネットワークである“APCのノード(ネットワークの拠点)”を日本に作りたいという相談を受けたのです。これが、私がAPCのことを聞いた最初でした。≫と書き、“APC”の国際ネットワークの日本での拠点を作る活動に取り組む。
“浜田忠久”はパソコン通信のBBSで議論をしていた人に“APC”の国際ネットワークの普及について連絡を取った。≪“PC-VANやNIFTY-ServeなどのBBSで議論をしていた方々に連絡を取り始める≫と書く。
長瀬修
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者。
元国連事務局障害者班専門職員。ニューヨークの国連本部勤務。
元青年海外協力隊員、ケニアで日本語教師やる。
上智大学外国語学部英語学科卒(キリスト教系大学) 。
NGO日本障害者協議会代表。障害者分野の研究者のメーリングリストを活用する(『インターネットでわかったことできたこと』に書いてある)。
日本の商用ネットでは朝日新聞社運営のASAHIネットに加入する。同ネットと協力関係にある“people”の福祉工作クラブが目的。障害者分野で仕事をしてきた関係で、ここでの情報は非常に役に立つ。福祉工作クラブ内では、障害者・障害者関係組織の連合体である“日本障害者協議会(JD)”が通信に関する障壁の除去を目指す“JDプロジェクト”が展開されている。長瀬修も障害者関係の国連決議の翻訳や、雑誌に寄稿した障害者分野の国際的な動き等の情報を提供している。
福祉工作クラブで知り合った人とヨーロッパで会う(日本IBM社員の女性。女性が障害者とコンピュータ関係の会議に出席するためにヨーロッパを訪問した時。長瀬修はオランダの大学院に留学していた。それまで一面識もなかった。『インターネットでわかったことできたこと』に書いてある)。
『国際協力機構(JICA)』の事業でタイ、ベトナム、カンボジア、ラオスでの知的障害者本人活動と、親の会活動の推進に取り組む。JICAは発展途上国への国際協力をやる団体。
カンボジアの知的障害者本人活動グループ“Rose”を訪問する。
ミャンマー(ビルマ)の知的障害者本人活動グループ“Unity”を訪問する。
“障害者とその家族のエンパワメントに関する国際協力”に取り組む。
韓国や中国に何回も行き、障害者の親の会などと交流する。韓国には1年で5回も行く。中国には1年で4回も行く。北京での障害と開発に関する会議に出席する。
“米国や英国の障害学会、障害学会誌との連携”に取り組む。
障害学会理事・国際委員長。
障害・コミュニケーション研究所代表。
障害平等研修フォーラム理事(初代)。
日本障害法学会理事(初代)。
障がい者制度改革推進会議構成員。
日本障害フォーラム(JDF)政策委員会委員。
ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業実行委員。
インクルージョンインターナショナル(国際育成会連盟)事務総長。
『障害者の権利条約策定過程とNGOを通じた障害者の参画-障害学(ディスアビリティスタディーズ)的観点から』という論文を書く。
本『障害者の権利条約と日本-概要と展望』(生活書院)を“東俊裕”“川島聡”と一緒に編集やる。
共著『障害と開発 : 途上国の障害当事者と社会』(アジア経済研究所)。
共著『世界を変える知的障害者 : ロバート・マーティンの軌跡』(現代書館)。
著書『わかりやすい障害者権利条約 : 知的障害のある人の権利のために』(伏流社)。
映像資料監修する『障害者は困っています! 合理的配慮へのポイント 発達障害、知的障害、精神障害』(映学社)。
映像資料監修する『障害者は困っています! 合理的配慮へのポイント 肢体不自由、視覚障害、聴覚障害』(映学社)。
共著『ライフストーリーでつづる国際ボランティアの歩き方 : 11人のライフストーリー』(晃洋書房)。
車椅子の議員“八代英太”参議院議員秘書。
オランダの社会研究大学の大学院修了。東京医科歯科大学非常勤講師。立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究所上席研究員。
“千葉県の障害者差別禁止条例制定”と書く。
著書あり。
青森県八戸市出身。
熊谷晋一郎
“長瀬修”と『障害学会』と『東京大学先端科学技術研究センター』で一緒。
小児科医。
東京大学先端科学技術研究センター教授。『自閉症』などを研究する。“綾屋紗月”らと一緒にやる。
『発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい』“綾屋紗月”との共著。医学書院発行。
東京大学医学部医学科卒。
脳性麻痺。新生児仮死の後遺症で脳性麻痺となり、生まれた時から車椅子生活を送る。 ヒカリエ8階でやるイベント『バリエーションズ』出る。アートの可能性、芸術を通して多様な人々が共存する社会のあり方を考えるトークイベント。他に障害者アート団体の“たんぽぽの家”などが出る。ヒカリエ8階には、世田谷一家殺害事件の被害者“宮澤みきおさん”の師匠の『川本喜八郎人形ギャラリー』がある。
山口県新南陽市(現:周南市)出身。
綾屋紗月
東京大学先端科学技術研究センター特任研究員。“熊谷晋一郎”と一緒に『自閉症』や『精神障害』を研究する。
立教大学兼任講師(キリスト教系大学)。国際基督教大学(キリスト教系大学)のインタビュー受ける。
アスペルガー症候群(自閉症)/うつ/低血圧症。
4歳時より外界とつながっている感覚が乏しく、「自分は何者なのか」という問いに苦しみ続ける。虚弱で伏せがちな中高時代を過ごし、かといって原因もわからず、うつ浸りな思春期を過ごす。15~16歳のときに教科書が読めなくなり、しばらく登校できなくなる。
“おとえもじて”主催する。発達障害者が中心となって運営、参加する当事者研究を行う会。
大学時代は関東聴覚障害学生懇談会にて聴覚障害学生と共に活動しながら、音声で話すことに高いハードルを感じる自分の言葉として手話を習得する。
『LITALICO発達ナビ』のインタビュー受ける。
“TED”出る。
東京大学先端科学技術研究センター
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)の共著者“長瀬修”が、東京大学先端科学技術研究センターの特任助教授やる。2006年3月末まで在籍。
材料、情報、生物医化学、バリアフリー、社会科学、環境・エネルギーの6つをカテゴリー
に、分野横断的に先端科学技術の新領域開拓を主な研究対象とする。
科学技術振興調整費戦略的研究拠点『人間と社会に向かう先端科学技術オープンラボ計画』を開始する(2001年8月)。
≪東京大学は積極的な障害者雇用で世田谷区障害者雇用促進協議会と世田谷区から表彰されました≫と長瀬修が書く。
“環境”を研究する。
“まちづくり”を研究する。
“バリアフリー”を研究する。人間支援工学などやる。
“日本財団”との共同プロジェクトとして、突出した能力はあるものの教育環境に馴染めずに不登校傾向にある小・中学校生を選抜し、継続的な学習保障および生活のサポートを提供するプログラム『異才発掘プロジェクト ROCKET』を開始する。2014年。
アート・デザイン分野ある。
“バリアフリープロジェクト”やる。障害のある人が当事者の視点から研究を進めるプロジェクト。車椅子の“熊谷晋一郎”や全盲ろうの“福島智”らがメンバー。
1987年設立。
村上陽一郎
元東京大学先端科学技術研究センター長。1993年4月1日~1995年3月31日。
東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒。
キリスト教信者。
東洋英和女学院大学学長(キリスト教系大学)。国際基督教大学名誉教授(キリスト教系大学)。上智大学理工学部助手(キリスト教系大学)。
国立ウィーン工科大学客員教授。
高校時代からチェロを演奏し、アマチュア・オーケストラでの在籍・演奏経験があるためクラシック音楽に関する造詣も深い。
著書あり。
湯浅誠
東京大学先端科学技術研究センター特任教授。
『NPO法人もやい』の共同設立者。“稲葉剛”と設立する。貧困支援団体。自立生活サポートセンター。炊き出しやる。ボランティア募集する。
兄が障害者。家にはボランティアの人達が出入りしていて、湯浅誠とも遊んでくれた。
母が小学校教諭。
父が新聞社勤務。
障害児支援イベント参加する。
反貧困ネットワーク事務局長。
『NPO法人むすびえ』の理事長やる。全国こども食堂支援センター。
大学時代に児童養護施設のボランティアやる。
ビッグイシュー日本版のゲスト編集長やる。ホームレス状態の人に雑誌販売の仕事を提供し、自立を応援する社会的企業。
著書あり。
東京大学法学部卒。
岡部洋一
元東京大学先端科学技術研究センター長。“バリアフリー分野”の新設などを行った。1999年4月1日~2001年3月31日。
東京大学工学部卒。
工学者/神経科学者。
福島智
東京大学先端科学技術研究センター研究者。
全盲ろう。
ライラ・カセム
東京大学先端科学技術研究センター特任助教。
学生時代から定期的に知的障害の成人が通う福祉施設“綾瀬ひまわり園”でアート指導し、東京大学先端科学技術研究センターで特任助教としてこれらの活動を研究としてまとめている。
一般社団法人シブヤフォント アートディレクター。
日本生まれ世界育ちのイギリス人。
デザインのスキルを活かし障害福祉や支援を必要とする現場の人々とともに孤立を解消し、立場やアビリティ問わず一人ひとりの社会参加と経済自立につながるアート作品や商品の制作・開発プロジェクトに国内外で取り組んでいる。代表的な活動・プロジェクトとして2017年度から関わっている、渋谷を中心に展開しているシブヤフォントがある。2021年には同プロジェクトは一般社団法人となり、現在はアートディレクターを務めている。
鈴木康広
東京大学先端科学技術研究センター客員研究員。
武蔵野美術大学空間演出デザイン学科准教授。
アーティスト。
吉村有司
東京大学先端科学技術研究センター特任准教授。
建築家。
ルーヴル美術館アドバイザー。
近藤早映
東京大学先端科学技術研究センター 地域協創リビングラボ特任助教。
日本学術会議上席学術調査員。
野口聡一
東京大学先端科学技術研究センター特任教授。障害者ら特殊な経験を持つ人が自らを研究対象にする当事者研究”を熊谷晋一郎とやる。
宇宙飛行士。
齋藤陽道
“長瀬修”と障害学会で一緒。
ろう者。
写真家/文筆家。
“せかいはことば”起業する。
絵本出版する。写真展やる。漫画描く。障害者プロレス団体“ドッグレッグス”所属。
伊是名夏子
“長瀬修”と障害学会で一緒。
障害者。生後間もなく骨形成不全症の障害があることが分かった。養護学校に通った。 元那覇市の小学校英語指導員。
コラムニスト。社会民主党常任幹事。
沖縄県立首里高等学校卒。早稲田大学第一文学部卒。香川大学大学院教育学研究科修了。
沖縄県出身。
中野淳
“伊是名夏子”の事実婚の夫。
NHKアナウンサー。
『視覚障害ナビ・ラジオ』のMC。
スポーツ番組のキャスターとして数多くのパラアスリートを取材し、リオデジャネイロ・平昌・東京・北京パラリンピックで開会式や閉会式などの実況を担当。
2017年から6年間『ハートネットTV』のキャスター。
早稲田大学政治経済学部卒。福島県福島市出身。
おのでらつとむ
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者。
宮澤みきおさんのインターネットの師匠“長尾正”主催の、“Learn & share(シェア)”をモットーにしたパソコン通信のpeopleの“nettalk”というパーティーに参加する。≪感謝してます。プロデューサーの長尾さん≫と『インターネットでわかったこと・できたこと』に書く。
双子の親。
多胎児関連と北欧関連の本を出版する出版社“ビネバル出版”から共著『ふたご・みつごのおとうさんへ』出版する。《著》ツインズMLパパの会。2000年2月発売。
障害のある子供の教育についてのサイトある『ツインズ&スーパーツインズML(メーリングリスト』代表。双子、三つ子を持つ親同士の育児情報交換を目的に設立。ネット繋がり。1995年開設。
ホームページで障害の子供についてのサイトをリンクする。障害のある子供の教育についてのサイトある。
電子メールをパソコン通信からで1994年から使う。
インターネットを1995年から使う。
印刷関連会社社員。営業やる。
ビネバル出版
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)の共著者“おのでらつとむ”がビネバル出版から共著『ふたご・みつごのおとうさんへ』出版する。
北欧関連と多胎児関連の本を出版する出版社。
北欧語学教室運営。
北欧留学情報センター運営。
ビネバル出版代表取締役社長の“山中典夫”がデンマークに留学する(70年代)。
“北欧の福祉”に関する本をいっぱい出版する。北欧は福祉先進国。
事務所には北欧人の出入りが多く、障害者とかLGBTの人とも比較的よく会う。
“山中典夫”の知り合いのデンマーク人女性が学習障害。
“山中典夫”のデンマークで暮らす知り合いが“障害者の性を教える資格”をとる。
“山中典夫”が障害者のイベント出る。
イベント“ビネバルブックカフェ”やる。北欧本と関連グッズの格安セール。コーヒー、紅茶をサービスする。
『ふたごのことばの発達は遅れやすいか』(2000年5月発売)。
『私たちの双子育て ホップ・ステップ・ツインズ』《ことばの遅れ》《気になる発育の遅れ》《障害をもつ子の親として》などの項目が目次にある。(1994年7月発売)。
『幼い双子と過ごす毎日 ふたご育児のワンポイントアドヴァイス』《ことばの遅れ?》《黙りっ子》などの項目が目次にある。(2010年7月発売)。
『ふたごの心理学』《一人の子供に障害がある場合》《言葉吃音》《聡明で、積極的で創造的なふたご多動の子供》《ゆっくりした又は遅れているふたご》《専門家の援助が必要となる場合》などの項目が目次にある。(1998年9月発売)。
『ふたごの妊娠・出産・育児~もしも双子を育てることになったら~』《行動と発達》《デンマークにおける社会福祉の状況》などの項目が目次にある。(1991年6月発売)。
『ツインズ 〈no.14〉 多胎児出産と障害』(1995年6月発売)。
『せいかつ大国、こんにちは けいざい大国、さようなら―福祉国家へ歩むためのヒント 新・デンマルク国の話〈2〉』 北欧の福祉・文化研究会【編】(1998年5月発売)
『北欧の福祉・文化資料シリーズ』(1993年6月発売)
『キーワードは「ノーマリゼーション」―デンマーク社会福祉政策の歴史と考え方』(1992年11月発売)
『デンマークで保育士―デンマークの子どもたちからもらったステキな時間』(2018年4月発売)
南直
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者。
『 インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者でJCA代表理事の“浜田忠久”と“JCA”で一緒に活動する。
パソコン通信時代に商用BBS大手の“ニフティ”に加入する。ニフティの中で自分の関心ある“環境問題”や“市民運動”などを扱っているフォーラムを探す。
ニフティのフォーラム“FSHIIMIN”で“JCA”を発見して加入する(1995年2月)。
インターネットを使って世界のNGOや市民団体と手を繋ぎ、協力して活動する事により、地球規模の環境問題といった困難な課題に対しても、何らかの解決法を見い出せるのではないかと思った。
JCAの活動はボランティア(皆別の職業に就いている)。
『国際大学』の大学院に環境問題を学ぶ為に会社員で働きながら通う。大学院しかない大学。日本国外からの留学生が大半を占め、日本人学生が約1割の学校。世界各国(主にアジア・アフリカ)から派遣された政府職員、日本での就職を目指す留学生、世界的に活躍したいと考えている留学生、日本企業の派遣学生(国内留学生)など、学生の経歴も多彩。
土井仁志
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者?
日本のウェブサイト管理者/ソフトウェア開発エンジニア。
日本のアニメーションと声優情報データベースを1994年6月10日から英語で作成し、自らのウェブサイトで公開していることで英語圏のファンに知られている。
『ニューヨーク・タイムズ』は1995年9月17日付で≪アメリカの大学には多数のアニメクラブが…あるが、熱狂的なファンが本当に集うのはインターネットだ。例えば、Hitoshi Doi's Anime Pageは数多くのアニメシリーズについて、ほぼすべてのあらすじを提供してい
る≫と報じた。
アメリカのアニメニュースサイトAnime News Networkは、土井のデータベースが2001年に50000件を超える規模となったことを報じた。
カナダCBCのテレビ番組Undercurrents(1996年11月22日放映分)に出演し、日本のオタク文化についてインタビューを受けた。
神奈川県茅ヶ崎市出身。
早瀬三枝
『インターネットでわかったこと・できたこと』共著者。
主人の実家が広島。
主人がコンピューター会社に勤める。
主人がサンフランシスコに出張する。
医療情報システムのマーケティングに携わる男性
『インターネットでわかったこと・できたこと』共著者
服部洋介
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者。
教員。
阪神大震災の被災者。ホームページ『神戸からの報告』やる
小学校6年生の娘がアートやる(WEBで“ギャラリー”と“アトリエ”やる)、絵本描く。
神田敏晶
服部洋介のホームページの『インターネットを通じて知り合った仲間のページ』にある。
ITジャーナリスト/ライター/コンサルタント。元コンピュータ雑誌の編集者。元デザイン会社社員。元ワインマーケティング会社社員。
コンピューターの本書く。
アプリケーション開発やる。サイト運営やる。映像制作やる。プランニングやる。
ラスベガスでやるイベント“CES(業界向けの電子機器の見本市。一般への公開はされていない。1995年からラスベガスで1月に年に1回だけ開催)”に何回も行く。他、ラスベガス行く。
長男が重度のアトピーから喘息に移行した。娘も喘息。
イスラエル行く。イスラエル・ベツレヘムの“生誕教会”に2度行く。
1984年、ホームステイで知り合ったイスラエルの知人たちと一緒にニューヨークへと渡った。
キリスト教についてブログに書く。
シェアハウスを日本と海外で運営する。
早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部で非常勤講師を兼任後、サイバー大学客員講師。バンドやる。
カンダニュースネットワーク(KandaNewsNetwork《knn》)代表取締役。ビデオストリーミングによる個人放送やる。世界全体を取材対象に駆け回る。ITに関わるSNS、経済、ファイナンスなども取材対象。
著書多数。
アート好き。
ヒカリエのプレオープン行く。
大学時代にバックパッカーとして世界中を旅していた。
ロンドン、パリ、ハンブルグ、アムステルダム、インドをバックパッカーとして旅した。
バックパッカー友達と日本テレビの『ニュースZERO』に出演する。
≪学生時代に、半年ほどアメリカでバックパッカーをしました。言葉が通じず、右も左もわからない状況で、レストランで注文するのもメニューを指差すだけ。現地の人と交流する度に単語を一つひとつ覚えていく日々を過ごし、度胸がつきました。バックパッカーを終えて、ワイン関連のマーケティング会社に就職し、東京でサラリーマン生活を5年間送りました。それから、実家の酒屋でワインショップを開こうと思い神戸に戻ります。お店を作っている1年間することがなかったので、デザイン会社で営業をしていました。Appleの大阪ブランチへ営業に行って何度か仕事をもらっているうちに、元々マッキントッシュが好きだったこともあり、すっかりその仕事が面白くなってしまいました。結局、ワインショップそっちのけでミニコミ紙『Mac Press』を作り始めます。≫とインタビューで話す。
最初に海外に行ったのは1982年にロサンゼルス。カリフォルニアのホームステイプログラムの一つである交換留学生プログラムで、ボランティアのホストファミリーの家に3ヶ月間、居候させてもらうはずが、結果として世界をバックパッカーする旅となった。ホームステイ先のdadとmamは共に、ポーランド移民の子孫。
沖縄~香港~深セン~バンコク~チェンマイ~東京と行く。
会社員時代の1985年に起きた、日本航空123便墜落事故では、帰省しようと事故当日の16時に羽田空港に行ったところ、席が確保できずに新幹線で帰郷し、搭乗を回避した。
兵庫県神戸市出身。
沖縄県名護市に移住した。米軍基地がある土地。
椿昇
服部洋介のホームページの『インターネットを通じて知り合った仲間のページ』にある。
造形作家/現代美術家。
父が満州に渡った。平和活動やる。
広島市現代美術館に戦争や平和に関する作品を常設する。
イベント『アトミックカフェ ~よくわかる原発のお花~』を京都芸術大学でやる。
パレスチナ支援やる。“readyfor”使う。パレスチナ行く。
京都市立芸術大学卒。京都芸術大学教授。東京芸術大学客員教授。
長年にわたりアート教育に従事。
企業や富裕層向けにアートコレクションのアドバイスを行う。
1989年に日本とアメリカ各地を巡回した伝説的な展覧会「アゲインスト・ネイチャー 80年代の日本美術」に参加。1993年には世界でもっとも権威のある国際美術展のひとつ「ヴェネチア・ビエンナーレ」のアペルトにも参加し、国内外で挑戦的な作品を発表してきた。
2018年より「ARTISTS' FAIR KYOTO」のディレクターに。
京都府京都市出身。
乱太郎
服部洋介のホームページの『インターネットを通じて知り合った仲間のページ』にある。 広島のことやら、原爆のことやら、いろいろやる。
加藤朗
服部洋介のホームページの『インターネットを通じて知り合った仲間のページ』にある。 障害者の職業準備訓練に関わる人。
神戸の震災についてもページを作る。
名古屋在住。
前田美子
服部洋介のホームページの『インターネットを通じて知り合った仲間のページ』にある。 海外年協力隊でケニヤに行っていた。1993年~95年8月まで海外青年協力隊の一員として、ケニヤのニャホビハイスクールで数学・理科の教員をする。
関西学院大学卒(キリスト教系大学)。
松蔭中学・高校放送部顧問として生徒を指導し、NHKコンクール最優秀賞をはじめ、受賞歴は数知れず。
桑高克直
服部洋介のホームページの『インターネットを通じて知り合った仲間のページ』にある。
妻のいとこが摂食障害で入院した事がある。
中学1年の秋から2年まで不登校だった。
頭痛。
息子が猫アレルギー。
名古屋工業大学卒。
父親が元大阪府豊中市職員。
沖縄が米国の統治下にあった1960~70年代、沖縄の本土復帰前、広大な米軍基地を抱えるコザ市(現・沖縄市)から、のべ約120人の職員が日本式の地方自治を学ぶため、大阪府豊中市で研修した。異例の取り組みは「豊中学校」と呼ばれ、両市が『兄弟都市』として交流を続ける土台となった。
田中逸郎
元豊中市職員の桑高克直の父親とよく飲んでた。桑高克直も一緒したことがある。
86年、豊中市自治振興課職員だった田中逸郎は、市主催の反核平和・戦争資料展の準備で初めて沖縄へ行った。沖縄市が橋渡しし、沖縄県立平和祈念資料館から現物資料を借りられることになり、『沖縄戦の実相展』を開くことができた。幹部になった後は沖縄市との文化交流に力を入れた。現地訪問は約50回に及んだ。毎年夏の“豊中まつり”には97年から、沖縄市が芸能団を派遣した。エイサーや三線(さんしん)などは、まつりの風物詩になった。
youtube“アトリエくわっち”やる。
大阪府豊中市出身。千葉県船橋市在住。
松岡慎治
服部洋介のホームページの『インターネットを通じて知り合った仲間のページ』にある。
アトピーのことを考えている。
梶井俊介
服部洋介のホームページの『インターネットを通じて知り合った仲間のページ』にある。
文学界新人賞を受賞する。
上智大学英文科卒(キリスト教系大学)。
1994年ASAHI-NET加入、次第にインターネットにはまる。
沼田英俊
服部洋介のホームページの『インターネットを通じて知り合った仲間のページ』にある。
日本IBM東京基礎研究所研究員。
高校時代にバンドやる。ドラム担当。
ホームページのリンクに『東京大学の“東大先端研”』『神戸YMCA(キリスト教青年会)』『神戸YMCA(キリスト教青年会)救援センター』『太田正幸(明石土山病院≪精神病院≫)のメンタルケア関連』『UNN関西学生報道連盟(障害者情報サービス)』 『ピースボート』『A-yan Tokyo(震災記録室「記録室通信)』『阪神大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク関連Web』『全国温泉案内『Oh!YU』がある。
神戸震災関連のボランティア団体情報のページに『カトリック中山手救援本部』『神戸YMCA(キリスト教青年会)救援センター』『阪神高齢者・障害者支援ネットワークふれあいテント』がある。
新婚旅行(スイスアルプスとパリ)。イタリア旅行する。
山登りが趣味。韓国最高峰の雪岳山登頂、ネパール・ヒマラヤのトレッキングなど海外登山やる。
“佐野元春”のファン。佐野元春に関するホームページやる。他、ライブ行く。他、バンドでコピーする。小学生から中学生にかけては“YMO”のファン。
兵庫県神戸市出身。
目黒弘行
『インターネットでわかったこと・できたこと』共著者。
プロバイダ“多摩インターネット”運営。ボランティアベースで運営。任意団体。
多摩インターネットのメニューに“アートギャラリー”がある。
『心のケア、その技法 。精神科、心理カウンセラー、各種療法士などのネットワーク作り。 この領域や、症例などに対する偏見を取り除いていきたい』
“多摩インターネットに参加している人の紹介ページ”にある
もりみつじゅんじ
多摩インターネット利用者。
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者。
国際ボランティア団体“earthian(アーシアン)”メンバー?
カヴァニャ・ チェレスティーノ
“多摩インターネットに参加している人の紹介ページ”にある。
PIME(フィリピン・メソジスト教会)所属のカトリック宣教師。
イタリア人。
アマチュア写真愛好家。
カトリック府中教会の紹介をホームページでやる。
ホームページのリンクに“長崎のプロテスタント教会”“横浜教区のアルベルト松林”“平和資料館”“日本カトリック正義と平和協議会”“大分トラピスト修道院”“ Passionist 福岡黙想家”“カトリック京都教区”“朝日新聞”“世界中で死刑廃止を求める国際キャンペーン!”などがある。
後藤進
“多摩インターネットに参加している人の紹介ページ”にある。
編集プロダクションの仕事をしていたときがあった。
多摩学習教室経営者・講師。教えるのも経営も自分一人でこなす。教科は英・数。1985年創業。東京都多摩市落合1-3-7ハルシオンコート702。
多摩学習教室で『ナマステ・ネパール国際協力ボランティア入門講座』を紹介する。
≪多摩学習教室の目指すものは、子どもたちがホッとできる居場所を作ることです。そのためにあらゆるニーズにできるだけ応えていきたいと考えています。不登校の子どもたち、学校に行っても教室に入れないでいる子どもたち、学んだことがなかなか身につかず、窮屈な思いをしている子どもたち、障害をもった子どもたち。今の教育システムでは、学校だけではどうしても対応しきれない子どもたちがいるのは当然のことです。そんな子どもたちが、自分のペースで学習を進め、精神的にもゆったりと過ごせるような場所、それが多摩学習教室です≫と書く。
趣味は“バドミントン”と“音楽(やるのも聴くのも)”と“コンピュータいじり”。
バトミントンの由来は日本では、1921年“横浜YMCA(キリスト教青年会)”の体育主事をしていた“広田兼敏”が、横浜YMCA名誉主事のアメリカ人“スネード”から用具一式を寄贈されたことが始まりとされている。広田はその後、在日欧米人よりバドミントンについて学び、1933年に“横浜YMCA(キリスト教青年会)”の体育活動に取り入れ、1937年にはバドミントンクラブを設置したと言われる。その後、第二次世界大戦のために普及活動は停滞するが、1946年、終戦後早々と各地の“YMCA(キリスト教青年会)”などのクラブチームはバドミントンを再開した。
楽GAKU
“多摩インターネットに参加している人の紹介ページ”にある。
音楽を対象にしたエッセイ・対談が中心のオンラインマガジン。画廊もある。メンバーはプロのライターやアーティスト。
リンクに『いろいろなサイトへのリンクを主体に構成された畑農大輔の個人ホームページ。キリスト教信者のフランス人作曲家“エリック・サティ”関連のリンクが充実』
『画家・彫刻家・音楽家の“有田武生”のオンライン・ギャラリー』
『画家“門坂流”のオンライン・ギャラリー』
『アジアから来た人たちが多く住む大和市南林間にあるタイ料理店、イサーン食堂』
『吹奏楽、現代音楽、ハードロック、和太鼓までこなすパーカッショニストの“大久保宙”のページ』
『エキスパンドブックで制作された電子本(小説など)を発行・販売している個人出版社“猫乃電子出版”のサイト』
『いろいろな分野で活躍する長野県在住の人たちの連載エッセイが楽しく読めるオンラインマガジン、NAGANO JOURNAL』がある。
いなぎハートフルネット利用者(稲城市社会福祉協議会が運営するパソコン通信のネット局)
“多摩インターネットに参加している人の紹介ページ”にある。
精神医学、精神療法、カウンセリングやる人
“多摩インターネットに参加している人の紹介ページ”にある。
『心療内科、精神科』『アニメ』『コンピューターとソフトウェア』『インターネットプロバイダーさんなど』『Webページを書くなら...』『写真』がリンクにある人
“多摩インターネットに参加している人の紹介ページ”にある。
アメリカに住んでた。
出版社の広報の人
“多摩インターネットに参加している人の紹介ページ”にある。
自作パソコン作る。
古美術が趣味。
''88年より多摩市 '96年12月より八王子に住む。
上野原チェザーレ
『インターネットでわかったこと・できたこと』共著者。
京都産業大学大学院工学研究科情報通信工学専攻。
某電信電話会社の社員になる予定。
合唱団に入る。
皆本(城崎)礼子
『インターネットでわかったこと・できたこと』共著者。
日本DEC社員。ソフトウェアの開発及びサポートやる。
中学の頃からコーラスが趣味。大人になっても合唱団に入る。
フリーランスライター
『インターネットでわかったこと・できたこと』共著者。
自宅でコンピューター関連の著述業、テクニカルコンサルタント業やる。
元コンピューターメーカー社員。
インターネットを1986年位からやる。
葛城陽子
『インターネットでわかったこと・できたこと』共著者。
会社の夏休みにバックパッカー(リュック一つ背負って旅する)で、アジアのある国に友達と旅する。
会社員。
松野良蔵
『インターネットでわかったこと・できたこと』共著者?
ITエンジニア。
上村隆一
『インターネットでわかったこと・できたこと』共著者?
大学英語教授。
工業高校情報科学科の学生(男)
『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)共著者。
スタジオトラミーケ
スタジオトラミーケの“納富進”が『インターネットでわかったこと・できたこと』(技術評論社)のカバーのデザインやる。
“納富進”と“納富恵子”の二人でやるグラフィックデザイン事務所。書籍中心のグラフィックデザイン業務やる。
『AERA』『週刊朝日』など、朝日新聞出版の雑誌タイアップページを断続的にレイアウトする。
ファッション・腕時計・ギフト・マネーなどの広告特集も手がける。
東京都千代田区六番町4番地11。
スタジオトラミーケが手がけた本一覧
『うちの子、個性の塊です 自閉症9歳女児を育てる母の育児の悩み解決のヒント』
著:すばる舎
焦らず、周りに流されず。もっと、この子を楽しもう。LITALICO発達ナビで大人気!子どもも親もラク&笑顔になる、療育ヒント満載のコミックエッセイ。
『自閉症の本』
著:主婦の友社
『ADHD注意欠陥・多動性障害の本』
著:主婦の友社
発達障害の子に「ちゃんと伝わる」言葉がけ
著:佐々木正美 すばる舎
発達障害の自分の育て方
著:主婦の友社
最新! 知っておきたい 幼稚園・保育所で役立つ 食物アレルギーガイドブック 著:メイト
コロナ危機と欧州福祉レジームの転換
著:昭和堂
心理学をまなぶ人のためのキャリアデザイン
著:宮城まり子 東京図書
ナースと看護学生のための大学・大学院の歩き方
著:東京図書
令和時代の医療・介護を考える
著:中央公論事業出版
ソーシャルワーカーの仕事と生活
著:学陽書房
5心バランスマインドセラピー
著:主婦の友社
現代貧乏物語
著:弘文堂
ジェンダー平等の種を蒔きつづけて…藤枝澪子の足跡
著:特定非営利活動法人グループみこし
環境法
著:弘文堂
環境社会学
著:弘文堂
3・11以後の環境倫理[改訂版]風景論から世代間倫理へ
著:昭和堂
まちづくりの思考力 暮らし方が変わればまちが変わる
著:実生社
都市農業新時代 いのちとくらしを守り、まちをつくる
著:実生社
農と水の民俗 人神信仰と農業用水
著:昭和堂
農業会計学の探求
著:実生社
食と農業 14の対談 あらゆる夢の実現へ
著:中央公論事業出版
農業と経済
著:昭和堂
食と農の貿易ルール入門 基礎から学ぶWTOとEPA/TPP
著:昭和堂
食と農のフィールドワーク入門
著:昭和堂
農と食の新しい倫理
著:昭和堂
農業機械の社会学モノから考える農村社会の再編
著:昭和堂
書を持って農村に行こう──早稲田発・農山村体験学習のすすめ
著:早稲田大学出版部
演劇インタラクティヴ 日本×ドイツ
著:早稲田大学出版部
小説から演劇へ -ジャン・ジロドゥ 話法の変遷
著:早稲田大学出版部
国際協力のレッスン 地球市民の国際協力論入門
著:学陽書房
現代宗教意識論
著:弘文堂
イギリス教育学の社会史 学問としての在り方をめぐる葛藤
著:昭和堂
教育法規スタートアップネクストCrossmedia Edition
著:昭和堂
教育法規スタートアップネクストVer.2.0
著:昭和堂
テクストと映像がひらく教育学
著:昭和堂
『反抗期のシュタイナー教育』
著:学陽書房
やり方ひとつでこんなに変わる 20代教師のためのクラス回復術
著:学陽書房
プロ教師&弁護士が正しくアドバイス 教師を守る 保護者トラブル対応術
著:学陽書房
人気カフェのつくり方
著:主婦の友社
ベンチャー創造の理論と戦略
著:ダイヤモンド社
読売新聞140年史
著:読売新聞グループ本社
『「ロックの子」桑田佳祐インタビュー』
著:講談社
スタジオトラミーケがダンスの本といっぱい仕事する
スタジオトラミーケが仕事したパンフレット一覧
外国人教員による英語のコーディネート授業
著:青山学院女子短期大学英文学科(キリスト教系大学)
カルチュール──明治学院大学 教養教育センター紀要
著:明治学院大学(キリスト教系大学)
社会で学ぶ大学生 データから見るボランティアをとおした学生の成長
著:早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)
きょうと 多文化子育てハンドブック
著:京都市国際交流協会
京都で出産・育児をされる外国人、外国にルーツをもつご両親に出産・育児に関する制度、サービス、口コミ情報などを英語、中国語、日本語の三言語で紹介したパンフレット。
こころ つながる ささえあう 地域に寄り添う医療通訳システムづくりをめざして 著:全国医療通訳者協会
働く仲間のこころの危機に気づいたら こころの応急手当 メンタルヘルス・ファーストエイドの活用
著:中央労働災害防止協会
産業保健スタッフのための教え方26の鉄則
著:中央労働災害防止協会
地球総合地球環境学構築に向けて 地球研10年誌
著:総合地球環境学研究所
株式会社四季工房 環境社会報告書2010
著:四季工房
公衆衛生学入門 社会・環境と健康
著:昭和堂
新・公衆衛生学入門 社会・環境と健康
著:昭和堂
みどりの風がふきわたる都市をめざして
著:公益財団法人 国際花と緑の博覧会記念協会
ミラノ通信 京都人が感じるイタリアの不思議と魅力
著:京都国際特許事務所
国際経済政策シリーズ1・2
著:一般社団法人 国際経済交流財団
特殊化学設備取扱者 安全必携
著:中央労働災害防止協会
大学入試共通テスト 突破演習リーディング編・リスニング編
著:三省堂
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